これから求められる消防士は


消防AI開発者と考える。消防とAIコラム 第二弾

『これから求められる消防士は』

前回のコラムでは、
「AIによって消防士の仕事がなくなるのではなく、人が時間を使う場所が変わる」
という話をしました。
AIが得意なのは、
探す。
整理する。
比較する。
まとめる。
下書きする。
といった「情報を扱う仕事」です。

一方で、人に残るのは、
現場を見る。
違和感に気づく。
相手と話す。
優先順位を決める。
最後に責任を持って判断する。
といった「状況を扱う仕事」です。

では、その変化が進んだとき、
消防士には、どのような能力が求められるのでしょうか。
私は、その答えの一つが、
「知識を持っていること」から、「知識を使えること」への変化
だと考えています。

これまで「知っていること」そのものに価値があった
消防の仕事では、知識と経験が非常に重要です。
消防法令。
各種通知。
活動要領。
救急・救助の手順。
過去の災害事例。
組織独自のルール。
こうした情報を多く知っている人は、当然ながら組織の中でも頼られる存在になります。
「あの人に聞けば分かる」
という職員が各所属にいるのではないでしょうか。

長い時間をかけて得た知識や経験は、今後も価値を持ち続けます。

ただし、AIによって一つ大きな変化が起こります。
それは、
必要な知識に到達するまでの時間が、急激に短くなることです。

これまでは、ある法令について詳しい人と、ほとんど知らない人の間には大きな
情報格差がありました。
しかしAIによって、「このケースに関係する規定は何か」
「過去に似た事例はあるか」
「このマニュアルではどのように定められているか」
と聞けば、必要な情報へ短時間で到達できるようになります。
すると、
「知っている」
だけでは、以前ほど大きな差にならない可能性があります。

知識の価値がなくなるわけではない
ここは誤解してはいけません。

AI時代になったからといって、
知識を覚える必要がなくなる。
勉強しなくてよくなる。
という話ではありません。

むしろ私は逆だと思っています。
基礎知識がなければ、
AIの回答がおかしいことにも気づけません。
質問の仕方も分かりません。
関連する論点を想像することもできません。

知識は依然として、
考えるための土台です。

ただし、その価値の中心が変わります。
これまでは、
「どれだけ知っているか」
が大きな価値でした。
これからは、
知っていることを、どう使うか。
ここに、より大きな差が生まれるようになると考えています。

「知識量」から「知識を使う力」へ

例えば、AIがある質問に対して、関連する法令や過去事例を提示したとします。
そこで仕事が終わるわけではありません。
その情報は正しいのか。
本当に今回のケースに該当するのか。
別の規定との関係はどうか。
例外はないか。
地域独自の条件はないか。
現場の状況と矛盾していないか。
こうした確認が必要です。

つまり、
必要な知識を得る
↓
正しいか確かめる
↓
意味を考える
↓
目の前の状況に当てはめる
↓
最後に判断する

という流れになります。
AIによって短縮されるのは主に、
「知識を得るまで」です。
その後にある、「どう使うか」
は、むしろ重要になります。

AI時代に重要になる6つの力
これから特に次の6つが重要になると考えています。

  1. 問いを立てる力
    AIは質問に答えることは得意です。
    しかし、
    「そもそも何を確認すべきなのか」
    を決めるのは人です。
    問題の本質が分からなければ、どれだけ高性能なAIを使っても、
    適切な答えにはたどり着けません。

    何が分からないのか。
    どこが危険なのか。
    どの条件が判断を左右するのか。
    これを言語化できる力が重要になります。

    良い問いは、
    良い答えだけでなく、良い判断につながります。
  2. 根拠を確かめる力
    生成AIには、誤った内容をもっともらしく回答する可能性があります。
    だからこそ、「AIがそう言ったから」
    では仕事になりません。

    消防法令なら、
    どの法令か。
    どの条文か。
    どの通知か。
    どの条例か。
    根拠を確認する必要があります。

    これはAI時代に限った話ではありませんが、
    AIが非常に自然な文章を作れるようになったことで、
    「正しそうに見える情報」を疑う力
    は、これまで以上に重要になります。
  3. 考える力
    AIが複数の選択肢を出したとしても、
    どれが最適かを決めるには思考が必要です。
    情報を比較する。
    因果関係を考える。
    別の可能性を考える。
    前提そのものを疑う。
    「なぜそうなるのか」を掘り下げる。

    AIによって答えが得やすくなるほど、
    逆に、
    答えを受け取った後に考える力
    が重要になります。
    情報が少ない時代には、
    「情報を持っていること」が強みでした。
    情報があふれる時代には、
    「何を重要と判断するか」
    が強みになります。
  4. 現場に当てはめる力
    AIが得意なのは、一般化された情報を扱うことです。
    しかし現場は、必ずしも一般論どおりには進みません。
    建物の状況。
    地域特性。
    時間帯。
    住民の状態。
    人員。
    資機材。
    気象条件。
    関係者の理解度。
    さまざまな条件があります。

    同じ情報を与えられても、
    現場が違えば最適な対応も変わります。
  5. 人と向き合う力
    AIが発達すると、
    逆に人間同士のコミュニケーションの価値は高まると考えています。
    住民の不安を聞く。
    事業者に分かりやすく説明する。
    後輩の理解度を見ながら教える。
    隊員同士で意見を調整する。
    相手の表情や声から違和感を感じ取る。
    これらは、単なる情報伝達ではありません。

    信頼関係をつくる仕事です。
    AIが知識を補完してくれるほど、
    人には「知識を伝えること」より、
    相手に届くように伝えること
    が求められるようになります。
  6. 最後に決める力
    消防の仕事には、不確実性があります。
    すべての情報が揃った状態で判断できるとは限りません。
    時間がない。
    情報が足りない。
    意見が分かれる。
    正解が一つではない。
    そのような中でも、最終的には誰かが決めなければなりません。

    AIは選択肢を提示できます。
    過去の事例も提示できます。
    リスクも整理できます。
    しかし、
    その状況で何を選び、責任を持って行動するかは、人の役割です。
    どれだけAIが進化しても、
    責任そのものをAIに預けることはできません。


    AIが苦手なことの価値が上がる

    AI時代を考えるとき、
    「AIに何ができるか」
    ばかりが注目されます。

    しかし同じくらい重要なのは、
    「AIが苦手なことは何か」
    を考えることです。

    人の気持ちを汲み取る。
    現場の空気を感じる。
    言葉にならない違和感に気づく。
    信頼関係を築く。
    チームをまとめる。
    後輩を育てる。
    専門的な内容を、相手に合わせて説明する。
    こうした能力です。

    AIが情報処理を代替するほど、
    このような人間的な能力は、
    相対的に価値が高くなる可能性があります。

    つまり、
    AI時代だからこそ、人間らしい能力が重要になる。
    これは、少し皮肉にも見える変化です。

    この変化は、ベテラン職員の価値にも影響します。
    これからのベテランの価値は、
    「若手より知識をたくさん覚えていること」
    だけではありません。

    本当に重要なのは、
    なぜその判断をしたのか。
    何を見て違和感を感じたのか。
    どこで優先順位を変えたのか。
    どんな失敗から学んだのか。
    といった、
    判断に至るまでの思考のプロセスです。

    AIによって知識そのものが共有しやすくなるほど、
    ベテランが若手に伝えるべきものも、
    「答え」から
    「考え方」
    へ変わっていくのではないでしょうか。

    若手にとっては、大きなチャンスでもある
    また、AIは若手職員にとって大きな武器になる可能性があります。

    これまでは、経験が少ない。
    どこを調べればいいか分からない。
    先輩に何度も聞きにくい。
    という壁がありました。

    AIによって、
    必要な情報へ早く到達できる。
    分からないことをすぐ質問できる。
    関連する論点を知ることができる。
    ようになれば、
    若手でも短期間で多くのことを学べます。

    ただし、
    AIに答えをもらうだけでは成長しません。
    重要なのは、
    「なぜこの答えになるのか」
    まで考えることです。

    AIを、
    答えを出してくれる道具ではなく、
    思考を深めるための道具

    として使えるかどうか。
    ここでも差が生まれると思います。

    「AIを使える人」と「AIに使われる人」

    これから、
    「AIを使えること」
    そのものは特別な能力ではなくなるでしょう。

    スマートフォンと同じように、
    多くの人が普通に使う道具になる可能性があります。
    そのとき重要なのは、
    AIを使っているかどうかではありません。

    どう使っているか。です。

    AIの回答をそのまま採用する人。
    AIの回答から根拠を確認し、さらに考える人。
    同じAIを使っていても、結果は大きく変わります。

    AIを武器にできる人と、
    AIに答えを任せてしまう人は、
    同じではありません。

    これから強い消防士とは
    AIより多くの知識を持っている人ではないと思います。
    AIが知らないことを全部知っている人でもありません。

    必要な情報を集め、
    正しさを確かめ、
    自分で考え、
    現場に当てはめ、
    人に伝え、
    最後に責任を持って判断できる人。

    つまり、
    AIを使いながら、自分で考えられる人。
    です。
    知る。
    確かめる。
    考える。
    伝える。
    決める。

    AIによって「知る」までの時間が短くなるからこそ、
    その先の能力が、これまで以上に重要になるのだと思います。
    AI時代に必要なのは、消防士の価値を下げることではない

    AI導入の目的は、
    人の能力を必要なくすることではありません。

    むしろ、
    機械に任せられる仕事を減らし、
    人間の能力を、
    本当に必要な仕事に集中させることです。

    消防という仕事には、
    人にしかできないことが数多くあります。
    現場を見る。
    考える。
    判断する。
    人と向き合う。
    育てる。
    責任を持つ。


    これから求められるのは、
    “知っている消防士”から、“考えられる消防士”へ。

    それが、AI時代の一つの変化だと考えています。

    限りある時間を、人にしかできない仕事へ。
    FIRENOTEは、これからも、
    消防士が「考える」「判断する」「人と向き合う」ための時間を増やせるような
    仕組みを考えていきます。


    次回予告
    消防AI開発者と考える。
    消防とAIコラム 第三弾
    「消防士は、AIとどう向き合うべきか。」


    AIを信じすぎるのも危険。
    一方で、使わないままでいることにもリスクがある。
    次回は、
    「AIをどこまで信用するのか」
    「何をAIに任せ、何を人が確認すべきなのか」
    という、消防におけるAIとの適切な距離感について考えます。